星祭り(節分会)開運厄除

 
星祭り(節分会)開運厄除けお申込みについて
星祭(節分会)のご案内

新春二月三日は福王寺、恒例行事、開運厄除の星祭です。

星祭では、今年の厄難消除と無病息災を福王寺では護摩を焚いて祈願いたします。

祈願料

 
 厄除祈願 3千円 ご祈祷後、護摩木札とお守りを御配りいたします。
各種ご祈願 2千円 ご祈祷後、護摩木札、又はお守り御配りいたします。 (家内安全・無病息災・商売繁盛・等)
 交通安全 千円  ご祈祷後、お守りをお配りいたします。

祈願ご希望の方は、お名前、ご住所、電話番号、生年月日、御祈願内容を明記の上、お寺にご持参、または郵送、FAX(76-1985)にてお申し込み下さい。

尚、当日来られない方につきましては、後日ご郵送致しますが、厄年の方におかれましてはお参りに来られる事をお勧めします。

星祭は、厄年の方はもとより、吉年の方も益々福がありますようご祈祷いたします。

また、お参り終了後、豆(魔滅)まきを致します。ご家族、お子様お孫様お誘いあって、お参りください。
詳しくは福王寺(0152-76―2337)までご連絡ください。 FAXは0152-76-1985となります。
節分案内2016
   
星祭り(節分会)開運厄除について
 

節分とは季節の変わり目の事でありまして、実は四回あります。立春、立夏、立秋、立冬、その前日が季節の変わり目ですので、節分というのですが、現在では立春の前の日の節分が有名です。 そして何故このときに厄払いをするのか、旧暦太陰暦でいうとこの立春付近が正月であったこと、季節は春夏秋冬と春がはじまりですので、一年の始まりとすること。運命星が入れ替わる事に理由があります。

さてこの節分には昔から豆まきをする習慣があります、古くは中国で行われ、日本でも平安の頃では宮中で、そして江戸時代には民間にまでこの習慣がひろまりました。

何故まめをまくのか、色々な伝説がありますが、宇多天皇の時代に、今の京都の鞍馬山に2頭の鬼がすんでおりまして、たいそう悪さをしていたそうでございます。そこで仏教の信仰があつかった天皇は、福王寺でもお祭りしております毘沙門天様のお示しを受け、大豆を炒ったものを鬼の目に打ち付けてこれを退治したということがあるそうです。

鬼というのは災いの象徴でございまして、悪魔の魔であります。ですから魔の目に豆を打ちつける。駄洒落のようですが、魔滅(まめ)となるようです。ようするに、今年一年幸せにくらせますように、一年の始まりに災いを取り除く儀式であります。

また古来より星を見て吉凶を占うということがあります。星の下に生まれるといいますが私達は生まれながらに、ある程度の運命や性格が決まっており。あなたはこういうところに気をつけたほうがいいですよと示唆したり、また星の周りで悪いことが起きやすい時期ですよと注意を促したりしております。

厄年は、弘法大師空海が持ち帰られた「宿曜経」というインドの占星術の経、そして「大日経」、また日本の陰陽道等が融合し、星回りをみてできました。宿曜経のなかには月火水木金土日といった星の他に、「らごうせい」と「けいと」せいの9つの

星で吉凶を占うことがあります。この中で、火曜星と「らごうせい」と「けいとせい」は悪星とされ、黒星とよばれています。相撲でいうところの黒星はここからきています。

現代でも総合的にみて、事故や災難にあう確立がこの厄年が高いようです。

また、方角や時間、音なども昔はこの経をもとに作られていました。恵方巻きを節分に食べる、恵方というのは経でみると良い方向といういみです。また「鬼のパンツはいいパンツ、つよいぞーつよいぞー」という歌がありますが、このパンツの色、何の柄かおぼえていますか。そうです、虎です。鬼門は丑寅の方角ですので、牛の角と虎のパンツなそうですよ。

真言宗では古来より、この宿曜経をもとに、吉凶を占う星に供養をする星祭をおこなっています。(福王寺では不動護摩祈祷をしております)

さて、先ほど鬼が災い魔であるといいましたが、この魔というものには2種類ございます。外魔と内魔です。

災害であったり、戦争の災難であったり、交通事故であったり、これは外からふとしたときにやってくる外からの魔、外魔であります。

もうひとつの内魔とは、欲望のことであります。欲望は大きく分けて三毒「貪瞋痴」になります。貪る心、怒る心、愚痴る心ですね。貪る心を例にとると、貪る心は五欲となって現れます。食欲、睡眠欲、性欲、財欲、名誉欲、どれも人間が生きていくために必要な欲です。それを丁度良い具合に調節することができれば、幸福は増すのですが、ついつい美味しいものがあると、健康には悪いとおもうのですが食べ過ぎてしまう。逆に嫌いなものは食べなく偏食になってしまう。ついつい面白いテレビがあって朝起きられなくなってしまう。名誉や財産も社会貢献ですが、行き過ぎてしまうと悪事にはしり、とんだ失敗になってしまうのです。

また、勝手に相手が自分の悪口をいっているのと卑屈になったり、自分ばかり苦労をしていると思い込んだり、他人と比べて恵まれていないと愚痴をいったり、自分の思い込みや、間違った行動で自分を苦しめる内魔もあります。自分の事は自分でみえません、見逃してしまいがちです。一年の始まりに自分を見つめなおして、こころにいる内魔も一緒に払いましょう。